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BRADIO / INTERVIEW

2016年6月1日(水)に4枚目のシングル「ギフト」をリリースしたばかりの「BRADIO:ブラディオ」メンバー全員のメールインタビューとなります。


交流は全国リリースされた「DIAMOND POPS」以前からと割と初期の方からですし、弊社ラジオ番組や弊社イベント出演等は有りましたが、随分と長いお付き合いの中でも、こういったちゃんとしたインタビューは初めてかもしれません。


回答して頂いたのはリリース直前の5月下旬〜6月上旬の間ですので、各メンバー微妙に違うと思います。勿論各メンバー別々で答えてるので、他のメンバーがどう答えているかも分からない状態です。


なので同じ質問に対するメンバーそれぞれの違いなども読み比べて貰えたらと思います。


それではどうぞ!


Interview.  BRADIO(Vo. 真行寺貴秋 , Gt. 大山聡一 , Ba. 酒井亮輔 , Dr. 田邊有希) 


Interviewer. 遠藤博美(SIDEMILITIAinc. 代表)


 

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注目が日に日に大きくなっている最中での、4枚目のシングルリリースが間近に迫ってますが、やはり前作以上にリリース前に心境も変化が有ると思います。


どんな感じですか?今作は何を期待し、どんな新しい自分達を受け入れて貰えると思ってますか?


 

  真行寺貴秋


今まではバンド側と周りが思う「BRADIO像」を互いに刺激しあってライブハウスでのニーズは確かに意識したし、相乗効果もあって「ファンキーなBRADIO」っていうパターンは僕らの中にも根付いたのかなと思っていたタイミングで、新しいシングルをきることができました。


正直なとこ、これ以上同じ感じのが続くのには僕らも飽きてしまったなぁってのもありますかね(笑 )ずーっと肉肉しいステーキを食べている感じです。


たまには横に添えてある甘い人参も食べたくなる感じ(笑)それは「フル・アルバム」でも表現できたと思っています。


僕たちは意識的にファンキーを望んでいる訳では無く、あくまで「ポップスでありたい」と。


それは昔から変わっていません。


だから今作はより広い層に届けられたらと思います。ライブハウスシーン以外でも音楽ができるのが今後の理想でもあります。


 

  大山聡一


これまでミニアルバム2枚、フルアルバム1枚、シングル3枚をリリースしてきましたが、


リリース前には個人的にはいつも、良いと思える作品を作った自信と、世の中がそれに反応してくれるか否かの不安との入り混じった感覚になり、


リリース後の作った曲たちの受け取られ方や育ち方を見る事で、自分自身も<BRADIO>というバンドの存在を再認識し、新たな構想を描いていく作業を繰り返しているように感じています。


今回のシングルについてはバラード曲であり、これまでの<BRADIO>の「ファンキーで踊れる」といったイメージとは異なる作品となっています。


また、現在の日本のバンドシーンにおいて、バラード曲をシングルカットする事自体が、かなり冒険性の高いアクションになってしまっているとも感じています。


しかしながら、今回それでも出したいと思う曲ができた事、そしてリリースできる事になった事は、今後のBRADIOの在り方また一つ大きな意味を持つだろうと確信しています。


故に今回は曲自体のパワーを信じ、どこまで羽ばたいでいけるのか見守りたと思っています。


そんな心境です。


※バラードは受け入れ易いキャッチーさが有るので何で?逆では?と思う方も多いかもしれませんが、メジャーな展開をするアーティストサイドでは無く、現状でのバンド形態のアーティスト限定として考えると、近年注目されやすいのは割と「4つ打ちリズム」を中心としたアッパーなサウンドが多い事を指している発言だと思います。


 

  酒井亮輔


今作に関しては制作期間が長く、本当に良い作品ができるのかという不安がありました。


建て付けては壊しの作業を何度もしたので、途中で迷子というか、何を目的としてバラードをやるんだという事を考えたりもしました。


しかし、完成した「ギフト」という曲は自分が予想する以上の出来上がりだと思っています。


それは歌詞の世界観がそうさせているのだと思います。


抽象的で、聴き手に考えさせる歌詞では無く、スッーと入ってきて景色が見える歌詞になっているので、出来上がった「ギフト」をみんなで聴いた時は感動しました。


「ギフト」の世界観はかなりフォーカスした内容ですが、これを聴いて下さった方がどの様に感じ、そして何か行動を起こしたり、または人生が変わってしまうものだとしたら、凄く宇宙的な広さを感じますし、そこから生まれるドラマやストーリーは素敵な物になるんじゃないかなと思っています。


「ギフト」で人から人へと暖かい繋がりが出来る事を心から望んでいます。


今までの<BRADIO>には無かった要素と思われるかもしれませんが、僕自身はあまりそう感じていません。


音楽のジャンルとしては「別物」になりますが、曲に込めた想いは他の曲と変わらず制作したつもりなので、受け入れて貰えるかどうかは正直わかりませんが、<BRADIO>の一部と思って貰えればと考えています。


 

  田邊有希


今回「ギフト」をリリースする事に対して僕にとっては一つの「チャレンジ」でした。


勿論、良質な音楽を奏でる/良い作品を作る自信は有りました。


しかし、今回の様なバラードを期待していなかった、いつものBRADIO節、ファンキーでハッピーを待っていた方達も少なくないと思います。


リリース後、この曲が成長すると共に違った形のファンキーやハッピーを奏でられる様になれればと。


きっと今回の作品「ギフト」が今後のBRADIOの進むべき方向の幅を広げてくれるのだと思います。


 

メンバー4人とも以前は別のバンドで活動してた時代も有る筈です。


先ず最初に自分で音楽を始めた時の心境を覚えてますか?例えば最初からプロを目指していたのか?など。


そして各メンバーが最初に最も憧れた/目指した/影響を受けたアーティストを、どんな部分にそう感じたのかを含めて教えて下さい。


 

  真行寺貴秋


中学一年生の時の英語の先生が色んなアーティストの洋楽の歌詞の穴埋め問題を出してくれてて、そこで音楽というのを意識し出したと思います。


特に影響されたのが<THE BEATLES>です。


お小遣いでCDを集めたり、特に<PAUL McCARTNEY:ポール・マッカートニー>が大好きで、親にお願いして「アコースティックギター」を買ってもらいました……でも、後々『ポール・マッ カートニーはベースだ!』って事に気付いて(笑) ギターも中途半端で終わりました(笑)


とにかく何をやる時も聴いてました。


今まで聴いてきた「J-Pop」には無い曲調のなか、急に歌から始まったり、一曲一曲がコンパクトでそこにテーマが色濃く出ていて、英語知らなくても何と無く歌える感じが自分にはフィットしたのかもしれないです。


ボーカルとかベースとかに憧れたとかよりも「そのカタチ」に憧れていました。


 

  大山聡一


僕は中学生の時に<LUNA SEA>と出会い、「SUGIZO」さんと「INORAN」さんに憧れてギターを持ちました。


当時は細かいギタープレイやサウンドメイクといった部分の知識は持ち合わせてませんでしたが、初めて映像で<LUNA SEA>を見た時に、両サイドのギタリストの佇まいに『なんてかっこいいんだぁ』と単純に憧れを抱いた事をよく覚えています。


凄く都会的で「激」と「美」と「冷」が入り混じった存在に、田舎の少年だった僕は完全に目がハートになった訳です(笑)


その後、文化祭で<LUNA SEA>のコピーバンドでステージに立った事が僕のバンドデビューだった訳ですが、少子化も今ほど進んでいない田舎の中学校での動員はそれはそれは凄かった訳です。


そのライブ。ドラマーは一個の8ビートパターンしか叩けないし、


ギター勢が30Wくらいのアンプしかもってないのに、急に1000Wくらいのアンプ持ってきて轟音を出すベーシストはいるし、


ギターの振り分けはジャンケンだったし、とてつもなくクオリティの低い演奏でしたが、演奏が終わった時点でもう『バンドでプロになる』って勘違いはスタートしていました。


思えばそこから何の疑いもなくその気持ちのまま今に至っているので、それぐらい気持ち良かったんですね(笑)


そういえばあの中学生の時のライブ動員を超えたのほんの数年前になってやっとです(汗)


 

  酒井亮輔


小さい頃から音楽を聴くのは好きでした。


地元の小さいCDレンタル屋さんに行って、テープにダビングして、イヤホンをしながら布団に入るのが好きでした。


中学2年生の時なんですが、いつものCDレンタル屋さんにいったのですが、<B'z>の「calling」のミュージックビデオが流れていたんです。


その時何故か『音楽をやらねば!!』という感覚になったのを強烈に覚えていて、両親にギターを買って貰いました。


何に影響されたのかは分からないんですが、単純に音楽の素晴らしさというのを<B'z>に教えて貰った気がします。


当時聴く「calling」と今聴く「calling」は明らかに理解度が違うのですが、今聴いても抜群にカッコいいですし、技術も素晴らしいです。


それを受け取れて今が有るので凄く感謝しています。


ベースを持ったのは、当時「聡一」もギターをしていて、『バンドをやる』ってなった時にベースがいなかったのでやる事になりました。


ただ、なんとなくギターが違う気がしたのも有り、「聡一」が上手かったのも有りでベースを選びました。


その頃は当然プロになろうとか、そういった事は全く考えていませんでした。


とにかく我武者羅に練習して、ライブしてというのが楽しくて、99.9%自己満足でした。


※B'z:calling……1997年に7月にリリースされた22枚目のシングル。9枚目のアルバム「SURVIVE」にも収録されています。


 

  田邊有希


僕の家庭は典型的な音楽一家でした。


気が付いたら楽器に触れていたので、もしかしたら「ある程度のレール」を引いて貰っていたのかもしれません。


小学校6年生の時に音楽室にドラムセットが用意されて出会い、中学2年生の時に通っていたクラシックのレッスンの帰りに父親に『バンドをやりたい』と打ち明けた記憶があります。


尊敬するミュージシャンは自分の師匠でもある「杉野寿之:すぎのとしゆき」さんです。


とても大らかな性格で頭の柔らかい方です。よくローディーをさせて頂いていた20歳そこそこの若僧である僕の意見を凄く聞いてくれました。


例えばレコーディングでは、サウンドチェックが終わり僕の所に『どうだった?』と聞きに来てくれます。


僕が『違うメーカーのシンバルが良いと思います』とか『チューニングが高いと思います』と言うと『うん分かった!やってみる!』と言ってくれる。


現場ではいつもそんなやり取りをしていました。


当時「武道館クラス」で活躍する売れっ子スタジオミュージシャンでしたが、僕の事を「弟子」としてではなく「同等」に扱ってくださって、いつか僕にも後輩や弟子ができたら同じ様な関係性を持ちたいなと強く思ったのを覚えています。


※杉野 寿之……10代から師匠でも有る<つのだ☆ひろ>さんのバンドに参加し、近年では<ゴスペラーズ><Gackt><元ちとせ><鬼束ちひろ><ピンクレディー><中島美嘉><杏里><クリス・ハート>など錚々たるアーティストのドラマーとして活躍している方です。


 

そして現在<BRADIO>として活動しております。


以前もあるメンバーとの個人的な会話の中で『このバンドが自分にとって最後のバンドだと思ってるので』と聞いた時も有りますが、<BRADIO>がスタートした時に今思えばこのバンドに「特別な何か」を感じていたりしましたか?


 

  真行寺貴秋


最初のキッカケはみんなそれぞれ仲間内で同じ界隈でバンドをやっていた知り合いで、『あそこのバンドのあいつと、それからあっちのバンドのあいつと一緒にできたらいいなぁ』ってのが今のメンバーを集めたキッカケで、いわば僕の「ドリームチーム」です(笑)


だから最初はそこまで人間的には知らない仲だったけれど、<BRADIO>って外から見てるよりもっととてもバランスのとれたバンドだと自分では思います。


それは誰かが欠けるとなかなか機能しなくなってしまうという良くも悪くもな点でも有るんですが。


特別な何かが有るとすれば『このメンバーじゃなきゃ』って思える事です。


 

  大山聡一


BRADIO>を始める前のバンドが解散してから、約1年程バンドが出来ない期間がありました。


それまではバンドをやる事が当たり前だと思ってたし、周りにそんなやつも沢山いて、俗に言う「根拠のない自信」ってやつがマインドの大半を占めていました。


でも結果は出せず、バンドは解散。


年齢も積み重ねており、リスタート出来ない雰囲気が自分の中で渦巻いていた1年でした。


その時は『俺は生き残れなかった』と思っていました。でも「才能が無かった」とは思わなかったです。


だから貴秋から<BRADIO>に誘われた時に『あ、指一本まだ残ってる』って思ったし、


集まったメンバーもまた「生き残れなかったけど何かしら持ってる」奴らに見えたんです。


敗者復活枠って強いだろうなと。


 

  酒井亮輔


BRADIO>を始めた時に声をみんなにかけたのが「貴秋」だったというのが特別な何かだった様な気がします(笑)


BRADIOをやる前にそれぞれのバンドで交流があったのですが、初めて貴秋の歌を聴いた時に、『すげぇ良い!!』と思ったんです。


『こんなに歌える奴の後ろでベースを弾いてみたいなぁ』という気持ちがありました。


お互いが解散してから約1年位は何もしない期間があったんですが、「貴秋」から『一緒バンドをやろう』と電話があったんです。


一緒にやれるのが嬉しくて、即答したのを覚えてます。


その時点では特別な何かというより、「ワクワク・ドキドキ」が強かったのですが、今思えば「貴秋」が積極的に人を誘うのがレア中のレアと思っているので「運命」だったと思う様にしています(笑)


 

  田邊有希


BRADIO>を始めたのが、20代後半に差し掛かった時だったので、期待やワクワクと同じ位に、また最初から始めると云う不安も有りましたが、


20代後半に差し掛かったこの時期に同じ位の年齢で同じ志を持つ、同じベクトルを持つ仲間が集まってくれたのは、もしかしたら何かの運命/必然/縁なのかもしれません。


 

初期から応援している者として、初期からも「BLACK MUSIC」に対するアプローチは感じていましたが、近年の方がより強く感じています。


ですが、初期の頃はよりメロディックパンク/ロックバンドらしい要素も強かったと思います。


結成当時の時代性を考えれば、やはり大きくシーンを変えたと云ってもおかしくない<MAROON 5>の影響を受けているのは大きいのかな?と思ったりもします。


厳密に云えば彼等は「BLACK MUSIC」と云うよりも、「BLACK MUSIC」に影響を受けた80年代の白人バンド達。


日本で云う「AOR MUSICAdult-oriented Rock」要素が強かったし、彼等自身も変名前の<KARA'S FLOWERS>時代は「POWER POP」的なバンドでした。


実際にバンド結成した初期の頃は、どういったヴィジョンを思い描いていたのですか?


 

  真行寺貴秋


結成当初は完全に「ノープラン」でした(笑) 各々が好きに曲を持ち寄って、でも僕らみんな以前にメロディックやロックなバンドをやっていて、『なんか違うことやりたいね』って漠然としていました。


僕もベース/ボーカルからボーカルへの転身の時期だったので歌い方なんかを模索していて、そこで「AOR」や「ブラック・コンテンポラリー」周辺の音楽に影響されました。


バンドもそうですが、最初から「FUNK」をやりたいとか、こうなりたいとかが無くて、漠然と色んなものを吸収したがっていた時期でもありました。


色んな歌い方を試している内に皆も色々なことを試していて、だから今の形になったのは自然なことかもしれません。


SOUTHERN SOUL:サザン・ソウル」も黒人が歌えばSOUTHERN SOULだし、同じ曲を白人が歌えばカントリーになるのと同じ感じと似ていて、僕にその影響が無かったら、皆にもその時の刺激が無かったら、また違った形になっていたかもしれないです。


※ SOUTHERN SOUL:サザン・ソウル……アメリカ南部の音楽で、ゴスペルやブルースの要素も強く「DEEP SOUL」とも云われたりします。本当に濃厚で個性的で歌唱力がずば抜けている音楽シーンです。特に有名なアーティストは<OTIS REDDING:オーティス・レディング>や<WILSON PICKETT:ウィルソン・ピケット>や<ARETHA FRANKLIN:アレサ・フランクリン>などがいます。


 

  大山聡一


結成初期は元々それぞれが「MELODIC」や「POWER POP」の要素が強いバンドをやっていたので、新しいサウンド作りをしていきたいと思ってましたが、色濃く要素として残っていた気がします。


どちらかといえば、これまでやってきた事をベースに新しい要素を入れていくようなヴィジョンでした。


例えば英語でやってたのを日本語にしてみようとか、パワーコードだけじゃなくて、テンション感の強いコードを入れてみようとか、その程度の着想からのスタートだったと思います。


その後メンバーが1人脱退して現在の体制になった時、サウンドメイクの方法論を方針転換する必要が発生した事が転機だったと思います。


特にギターアレンジの面においては、<MAROON 5>のアプローチはかなり参考にしました。


カッティングとボトムリフのコンビネーションや取り入れ方のバランスなんかは、今でもかなり影響を受けてます。


僕は元々「BLACK MUSIC」を畑に育ってきたタイプではないので(勿論、好きですが)、程よく要素を取り入れていくスタンスという意味では模範的存在かもしれません。


 

  酒井亮輔


初期の頃は、何も考えずにやっていました。


お互いの以前のバンドが「MELODIC PUNK」や「LOUD ROCK」の要素が有ったので、その延長線上になっていたと思います。


個人的には「MOTOWN RECORDS」が大好きで、学生時代にFUNKSOUL、色んな音楽を学んだ経験があったのですが、それを実際にバンドに生かすという事ができていませんでした。


メンバーが1人脱退してから音圧では勝負できないので、グルーヴ音楽にシフトしていったのですが、近年はその影響があると思います。


※「MOTOWN RECORDS……世界で最も有名なBLACK MUSICを中心としたアメリカのレコード会社。創業者は「Berry Gordy, Jr.」です。このレーベルを聴き込むだけで可成り感覚が広がる筈です。代表的なアーティストは<MICHAEL JACKSON>や<STEVIE WONDER>などなど。


 

  田邊有希


以前と同じ事はやりたくないと話して始めたバンドですが、実際は抜け切れてないのが正直なところだったと思います。


一つの転機は「ギターの脱退」だと思っています。


必然的に音圧が少なくなる中で「隙間やOFFを大切にする」事や、「FUNK」「SOUL」「AOR」等の音楽を上手く「J-POP」に消化する、今現在思い描いてるヴィジョンの土台になったのかもしれません。


 

決して<BRADIO>は最初から直ぐ現状の様にブレイクした訳では有りません。


初期の頃も決して楽曲が弱かった訳でも無かったにも関わらずです。


当然、ブレイクには「運気」と「楽曲やライヴ等の実力」など、様々な要素が重なり合って結果に結びつくのもメンバー自身が知っていると思います。


運気は別として楽曲やライヴ含めて、軌道に乗り始めた時に以前までは無かった「新たに手に入れたバンドの武器」って一体何だったと思いますか?


 

  真行寺貴秋


「言葉」だと思います。明らかでした。


これは以前のバンドからの流れも有るんですが、前のバンドでは「全部英詞」で「MC」すらマトモにしていませんでした。


ここから日本詞メインの<BRADIO>になってからの一つの転機がありました。


その後はMCや「ゴスペル・マナー」を真似たコール・アンド・レスポンスなどを取り入れたり、音楽とコミュニケーションを一緒に考えるようになったり、


意識的では無いのですが、ファンと距離が近く「Funky Party People」などファンを称する呼び方や、分かりやすい「ファンキー」なんてワード(言葉)を取り入れて距離が近くなったと感じたこともありました。


そしてそれを音楽を通じてファンと一体となる高揚感は<BRADIO>ならではのものが有ると思います。


 

  大山聡一


バンドって何となく、メンバーの誰かが賢くてグイグイ引っ張っていくイメージがありますが、<BRADIO>の4人は今も昔も参謀タイプの人間がおりません。


その辺りHIROMIさんもよくご存知かと思いますが(笑)


だから「あーでもない、こーでもない」みたいな事を今でもいちいち全員で話して進んでいます。


前途にも書きましたが、全然人気が無かった時期も、才能や魅力が無かったとは全く思っておりませんでしたが、知って貰えない事の原因についての理解が著しく低かったと思います。


DIAMOND POPS」というミニ・アルバムを作ったあたりから、その事について4人が向き合うようになっていった感覚があります。


感覚なので言葉にするのはちょっと難しいのですが、その感覚をもった事が武器となって、サポートしてくる人が多くなり現状に繋がっていると思っています。


ただ「あーでもない、こーでもない」スタイルは変わりませんので、課題もまだまだ沢山です。


またHIROMIさんにも相談しに行きますね(笑)


 

  酒井亮輔


自分達だけではなく、会場にいるお客さん、そして自分達のチームやスタッフと一緒に音楽の素晴らしさを共有するというのが自分達の武器というか、マインドになっています。


BRADIO>を始めるまでは、『カッコいい音楽がしたい!』『カッコいいライブがしたい!』という、自己満足でしかなかった様に振り返れば思えます。


勿論、真剣にやっていたつもりですが、マインドの部分が変わったのが大きな切っ掛けでした。


『お前達がやらなかったら、誰が俺たちの夢を叶えるんだ』とある時、仲間に言われました。


恥ずかしながら、それまでみんなが一緒に夢を見ていてくれた事に気づきませんでした。


情けなさもありましたが、それ以上に勇気を貰い、みんなの夢を叶えたいと思いました。


気付いたというか、忘れていました。


そういう「キラキラした夢や希望を語る事」や「熱くなる事」を恐れていたのかもしれません。


BRADIO>はまだまだですが、夢や希望を捨てず、みんなで一緒になって夢を叶えたいと口に出してこれからも進んで行きたいです。


 

  田邊有希


BRADIO>ですが、2〜3年はただひたすら『上手くなりたい、上手くなりたい、上手くなりたい』と思っていました。


しかし「DIAMOND POPS」をリリースした頃から『誰かの為に音楽をやりたい、みんなに喜んで貰いたい、笑顔でいて貰いたい』という気持ちが芽生えてきました。


たしかメンバー間でも話し合ったと思います。


今思えば<BRADIO>の輪が広がり始めたのはその頃からなのかなぁと思っています。


誰も置いていかない、みんなで作り上げる、メンバー/スタッフ/お客さん、全員が<BRADIO>である事、「一体感」が1番の武器であり、幸せであると思います。


 

どんなバンドにも音楽性として「陰と陽」が有ると思っています。


先日のラジオでもその辺の事を話していたのですが、近年の<BRADIO>は意識的に「陽」の側面を強く押し出しているのかな?と思います。


それは実際に新しいファンを含めてその部分を共感して貰い、求められているからだと思います。


勿論、シングル以外のアルバム等では「陰」の部分も見え隠れしておりますが、私個人としては<BRADIO>の魅力は「陰」の部分だと思っていたりします。


なので、勝手で我が侭な想いですが『陽に偏り過ぎてはいないか?』と感じるのも事実です。


BRADIO>は、どちらかと問われたら可成りマニアックな事をしているにも関わらず、若い層を中心に届いてる結果は本当に凄いと思います。


ですが、逆にマニアックな事が好物な年配層にはまだ届いてない気もするんです。


それこそタイミングだと思いますが、こういった意見はどう思いますか?


 

  真行寺貴秋


僕達の中で大きくは公表していないのですが「決まり」みたいなのが有って、


それは「カップリングは自分達の好き勝手にやる」というものです。


そこではもう何にも縛られること無く、ただただ思いのままに創る僕達の陰の部分だと思っています。


だから必然的にシングルの陽を創る時には、カップリングの陰の部分も創っているので、そこで陰の部分が出ていない/感じて貰えなければ、単純に僕達の力不足か僕達のポップス化が進んでいるのかもしれないです(笑)


※ このインタビューを制作している段階では私自身「ギフト」しか聴いておりませんでしたし、実際にこの後にカップリングを聴いた時はそっちの方が好みでした(笑)両曲とも勿論優れた楽曲で好きですが好みは?って問われたらって事です。ですのでこの質問に関しては今までのシングルを含めて「リード・トラックだけについて向けた質問」と理解して貰えたら幸いです。


 

  大山聡一


凄く難しい質問ですね。


音楽活動を生業にして生きて行く人間として、当然「陽」な事もあれば「陰」な部分もあって、その全てを表現していけるような人達になっていきたいとは思っています。


存在のイメージやニーズというのは必ず発生する世界ですが、それを本質的に理解してコントロールしていく事は、簡単な事ではないように感じています。


要は何を表現しても根幹がしっかりとして存在感を放てる状況にしていきたいです。


「陽」にせよ「陰」にせよ、それを世に放つ理由をしっかりともった生き方をしていきたいですね。


あとは年季ですかね?(笑)


 

  酒井亮輔


個人的には「陰」はかなり好きです。


凄く偏見な意見かもしれませんが、陰の方がより音楽の深い部分に入り込める要素がある様に感じています。


音楽の歴史を辿っても、アンハッピーだからみんなでハッピーになろうぜ!!っていうゴスペルがあったり、悲しい/寂しい/辛いと云った感情を素直に言いやすいのが陰な音楽かなと思います。逆も然りですが


日本の演歌を聴いていても、歌詞が切なかったり、悲しかったりという歌が多い様な気がします。


しかし、凄く悩みがある人がいて、辛くて仕方がないと言っている人に『いやぁ、わかるわかる。辛いよなぁ。一緒に頑張ろう』


と、同調はできます。


でも辛いのは誰でもあると思っているので、「松岡修造」さんみたいに辛いのは関係なく、『お前、できるだろ!な!できるよな!?いや、やるんだよ!!』みたいにめっちゃ熱く言われると僕自身かなり影響されます(笑)


同調も絶対に必要ですが、みんなを置いて行かず『一緒に行こう!!』という意識が<BRADIO>の陽になっています。


僕自身は「陽8/陰2」位の割合で考えてます。


自分は音楽に凄く救われましたし、<BRADIO>でそれをやっていきたいと思っているので、この割合で年配層の方に届いたら嬉しいですし、「割れるまで叩く精神」も必要だと考えてます。


 

  田邊有希


正直なところ「BRADIO=ハッピー」という印象を持ってくれてる人達が殆んどだと思っています。


そして、リスナーの方達が<BRADIO>にそれを求めてくれてるのも伝わってきます。


実際フェスやイベント等の限られた時間で「陰と陽」を表現するのが難しいのかなと思い、今までは分かりやすさを重視してきました。


しかし、ご指摘の通り心に刺さる「陰」がもっと表現出来たら、バンド自体に「艶:つや」が出てくるのではないかと思っていますし、幅の広い年齢層の方達に聴いて貰えるのかなと……それをできるのが<BRADIO>だと思っています。


 

日本での「FUNK」と云うワードはとても難しいキーワードだと思っています。


例えば<EXILE>等も「BLACK MUSIC」等の影響は強いと思いますが、日本のシーンでの「FUNK」となると可成り限られています。


<在日ファンク>以外だと知名度の高さで考えても<Scoobie Do>や<オーサカ=モノレール>など可成り限られています。


音楽性に関してはエレクトロ・ミュージック同様に「反復するリズムの気持ち良さ(グルーヴ)」が中心となっており、難解な音楽では無く、入り易い筈なんですが。


だからこそ日本では可成り挑戦的/茨な道の音楽性を<BRADIO>は選んだと思うんです(笑)


その辺はメンバーは、どの様にお考えだったりしますか?


 

  真行寺貴秋
BRADIO>というバンドにとって良くも悪くも最大の特徴だと思っているんですが、FUNKは<BRADIO>にとって後付けなんです。


個人的には<BRADIO>はFUNK"っぽい"バンドだと思っています。


元々ロック/メロディックの畑にいたのですが、重厚に重なるギターが無くなり(シンプルにって意味合いだと思います)そこで出来た隙間を埋める様なドラムンベースがついて、自分達なりに消化したものが今の形にあるので、とても自然な流れで今に至りました。


結成当初からもそうですが、FUNKをやろうとして始めたバンドでは無かったので、逆に玄人からすれば「中途半端なバンド」かもしれません。


自分達的にもあくまで『POPSでありたい』と思っています。


ただFUNKは大好きなので、そこのSOULが滲み出てたら良いなとは思っています。


※「っぽいバンド」ってワードを本人が発言するのは凄い事だと思います。とても誤解を受ける場合も強く有るワードです。


ですが、全ては「っぽい」から新しいものが産まれています。世界一有名な<THE BEATLES>ですら初期ロックンロールの模倣からスタートしております。ですが決して「そのまま」じゃないからこそ個性が生まれ、あれだけのオリジナリティーを発明した訳です。なので僕はこの回答で凄いバンドが自信も有り、精神的にも余裕が有る良い状態なんだなって思いました。


 

  大山聡一


競合が少ないのは最大の強みでもあり、最大の弱みでもありますね。


もちろんFUNK MUSICは大好きですし、プレイヤーとして凄く影響を受けているジャンルですが、『日本のFUNK MUSICを代表したバンドになりたい!』といった思いは正直特にありません。


洋楽ルーツ系のサウンドへの憧れは当然あって、楽曲面でも存在感やマインドなんか特に大好きですので、そのあたりの要素をビンビンに感じさせるPOPな奴らになっていきたいですね。


ROCKフェスでもPOPSフェスでもCLUB系のフェスでも、どこでも勝負できるバンドでいたいです。


 

  酒井亮輔


FUNK」というワードが<BRADIO>にとっては抽象的というか、限定的な意味のワードでは無いと思っています。


FUNK」の要素は強いかもしれませんが、僕自身はPOPS(いろんな音楽を混ぜて)をやっている感覚です。


可成り挑戦的かつ茨な道かもしれませんが、誰も踏み入った事のないジャングルに入って、発見されていない遺跡を見つける様なワクワク感の方が強いです。


 

  田邊有希


BRADIO>初期の頃は、確かに薔薇の道なのかな?と思いながら活動していたと思います(勿論自信は有りましたが)


先程の質問でも有りましたが、「DIAMOND POPS」をリリースして意識の変化があった事で「薔薇の道」が「唯一無二」という自信に変わった気がします。


ここからはドラム的なお話になりますが、スネアのタイミングを数ミリ単位で変えるとか、バスドラムの長さの意識するとか、そこに個性を感じて欲しいし、自身でも出したいですし、


規則性があるグルーヴ、ループミュージック、そういったビートを人間が叩く事/奏でる事に、そのジャンルや自分達の音楽に意味があるのだと思います。


 

シンプルな質問をします。コレまでの活動で最もバンド内でいつも喧々諤々になってしまう事が多い場面は何時/どんな時ですか?どんなバンドでも必ず有りますからね(笑)


難しく答えなくても結構です。シンプル且つ単純に昔から意見がぶつかって揉める事が多い場面を教えて下さい。


 

  真行寺貴秋


ベタですが「制作やプロモーションなどの施策」の時ですね。


メンバー皆それぞれ拘りが強くて、でも皆大人なのでちゃんと自分の思っている事を発言する意見交換だとも割り切っています。


結果はどうあれ色んな意見がありますし、我を通したわりには1日経ってみて『あ、やっぱり違うかも』なんてしょっちゅうです(笑)


流石に皆が期待している様な摑み合い/殴り合いは無いですが(笑) これがBRADIO流の争いです。


それ以外は可成り平和でクリーンですね。


 

  大山聡一


やっぱり「楽曲のアレンジ」をしている時かなと思います。


僕らは編曲を全員で行うスタイルが多いので、アレンジの方向性については意見が分かれる事も多いです。


ただキャラ的に喧々諤々というよりは、誰かが納得してないと空気的にそんな雰囲気が漂うので、その空気がなくなるまで練り直すってパターンが多いですね。


こうやって書いてみるとなんか女子っぽいですね(笑)


声張り合って言い合うとかはあんまりないです。


 

  酒井亮輔


基本的にはケンカは一切無く、<BRADIO>は仲が良いです。


ただ、意見の言い合いや、アイデアの出し合い、ミーティングはかなり多いです。


勿論、真逆の意見も出る事が有りますが、大胆に揉める事は無いです。


作曲からアレンジ、アルバムの選曲だったり、ライブの構成を練ったり、どんな発信をしていこうとか、いろんな場面で意見は出ますが、「スタジオに入って作曲している時」が1番多いかもしれません。


 

  田邊有希


1番に意見を言い合うのは「ライブ製作」や「演出」等を話し合う時だと思います。


 

次は自身以外での各メンバーのプレイヤーとして驚かされた部分やリスペクトしてる部分を教えて下さい。


あくまでも人間性とかでは無くプレイヤー(技術やフレーズなどのプレイ/歌)としてです。この質問に関しては相当にマニアックな回答/ニュアンスでお願い致します。


各メンバーそれぞれの「この楽曲のこの部分」と例を挙げて貰っても結構ですので、理由も教えて下さい。


 

  真行寺貴秋


兎に角、細かい部分です。


俺自身がかなり疎いので、全部同じに聴こえる箇所を何度も何度もメンバーは確認したり、録ったりしています。


だから「アンサンブル」が良いんですよ。


僕のニュアンスが可成り落ち着きが無いので、そこに合わせてくれたり、泳がせてくれたり、歌に合わせて微妙なニュアンスをフレージングしてくれてます。


楽曲ですと「シークレットコード」のベースは2トラックで、その片方にエフェクトして有って、可成り3D感が出ており、クラブノリが出ているお気に入りの曲です。


※「シークレットコード」……彼等のファーストフルアルバム「POWER OF LIFE」に収録された楽曲。因に以前にラジオなどで私自身もアルバムの中で最も良い楽曲だと紹介しております(笑)


 

  大山聡一


「貴秋」については、音域が高い楽曲においてもミドルがしっかりしている事にいつも驚かされます。


歌に限らずミドルに特徴のある音は印象を強く残すと思っていて、彼のミドルは「他に真似できないサウンド」を作るうえでとても重要な要素だと思います。


あと「フェイクネタ」の引き出しが多くて素敵です。


「亮輔」については、タイム感が凄くいいです。


これは技術的な部分も有りますが、わかってる/わかってないって世界でもあると思います。


彼はわかってるタイプのベーシストです。


BRADIOの楽曲はベースの印象がとても大事になる曲が多いですが、彼がタイムをわかってる事でギターアレンジで可成り自由が効きますね。


「有希」については、音楽一家での育ちも有りコードや音符に対する理解が強いです。


ドラムは打楽器ですが、その一つ一つの打音には音階があるので、耳がいいと曲に対して「気持ち悪くない音階」でレコーディングできます。


これは結構重要な事です。


 

  酒井亮輔


昨年の「POWER OF LIFE」(ファースト・フルアルバム)のレコーディング中で、「聡一」が「Chocolate Flavor」のギターソロを録っている時だったんですが、あまりにいいギターソロで感動したのを覚えてます。


この曲以外にもたくさんいい所はありますが、印象深かったんです。


もの凄い気持ちの伝わってくる「唄うギターソロ」ですが、MIXが終わった時にコンプがかかっていて、ニュアンスがだいぶ変わってしまっていたので、思わず僕がエンジニアさんに口を出しちゃいました。


コンプがかかったのも良かったんですが、生々しい方が格好良かったので。


 

  田邊有希


真行寺貴秋:
彼の歌は彼にしか歌えない、唯一無二のボーカリスト。


大山聡一:
で表すなら柔のギターリスト。


仮にドラムがヨレてもそっと歩み寄ってくれる、タッチの柔らかさと鋭さが魅力だと思います。


酒井亮輔:
リズムのベーシスト。


彼の魅力はOFFのニュアンス「ゴーストノート」だと思います。


※ ゴーストノート……フレーズの中で音が鳴ってない箇所の事を指します。もの凄く簡単に説明すれば敢えて入れないで「無音」でのグルーヴ感を出す事です。これは練習とかでは無くセンスと身体に備わったタイム感が重要になってきます。


 

マネージメントや媒体など全て関係無く、完全にバンド単体として各ジャンルの有名なアーティストが多数出演する海外の大きなフェスから出演オファーが来るとします。


日本からの取材等も有りません。単純に海外のフェスに出演する事だけで考えて下さい。


その大きなフェスのオープニングアクトでも無く、とても条件の良い時間帯に「3曲だけ」演奏出来る事になったと考えて下さい。


1〜3曲目まで順番も考慮して選んで頂きますか?その理由も是非。


 

  真行寺貴秋


1:Flyers


2:FUNKASISTA


3:スパイシーマドンナ


3曲はすごく難しいですね(笑) 押せ押せな感じになってしまいましたが、あくまでいつも通りでいけたらなという思いです。


英語歌詞の曲もありますが、僕達らしくいつも通りの良さを伝えにいけたらなと思います。


曲間にはセッションなんかも入れたいですね。


コール・アンド・レスポンスや強烈なグルーヴ。コミュニケーションに関してはそういった部分で図れたらなと。


※ 全てファーストフルアルバム「POWER OF LIFE」に収録された楽曲です。


 

  大山聡一


1:Take Me Higher


2:Flash Light Baby


3:Chocolate Flavor


行った事はないので、予想となりますが、「Take Me Higer」はコード感とグルーブ感が海外の人たちのツボにぴったりな気がするので、オープニングにもってきました。


Flash Light Baby」についてはまさに海外サウンドを意識してつくった曲なので、どれくらい通用するのか試してみたい気持ちが抑えられません!でのセットリスト入り。


最後は「Chocolate Flavor」のミディアム曲でお客さんが揺れている絵を見れたら最高ですね。


想像してたらワクワクしてきました


※「Flash Light Baby」「Chocolate Flavor」はファーストフルアルバム「POWER OF LIFE」に収録。「Take Me Higer」はファーストミニアルバム「DIAMOND POPS」に収録。


 

  酒井亮輔


1曲目は「Flyers


理由はオープニングの派手さ、サビの振り付け、テンポ感を考えたら「Flyers」かなと思います。


細かいリズムよりオープニングの打ちっ放しの開放感で一気に引き込みたいからです。


海外では振り付けより、個々が踊って楽しんでいるイメージなので、サビのみんなでやる振り付けは面白がってくれそうな気がします。


2曲目「Flash Light Baby


理由は1曲を通して英歌詞で、サウンドも洋楽に寄せているので、この曲をやる理由は海外への挑戦です。


Flyers」から一気に締めて、世界観をガラリと変えた<BRADIO>を見てもらいたいです。


これは海外のお姉さんが「ブワァ〜」っと個々で踊りまくってるイメージです(笑)そうなってくれる事を祈りつつ


3曲目「Tonight! Tonight! Tonight! 〜決戦は今夜〜」


これを最後に選んだ理由は、最近になって海外の友達も増え、お客さんも来て貰える様になったのですが、この曲が良いと言ってもらえる確率が高いからです(笑)


個人的な統計ですが歌詞の内容は海外の方には伝わらないかもしれませんが、僕自身はサウンドが少し切ない感じがしていて、最後にピッタリなのではないかと思います。


※「Flyers」「Flash Light Baby  はファーストフルアルバム「POWER OF LIFE」に収録。Tonight! Tonight! Tonight! 〜決戦は今夜〜」はファーストミニアルバム「DIAMOND POPS」に収録されております。


 

  田邊有希


1:Flyers


2:FUNKASISTA


3:スパイシーマドンナ


今の時点で僕自身が思う「1番自信が持てるセットリスト」だと思います。


勿論、ミドルの曲やバラードもやりたい思いもありますが、最初はドカーンとパァっとやりたいなと。


本当に良い意味で「日本人らしさ」が出せれば良いのではないかなと思います。


※曲だけでなく順番も真行寺君(Vo.)と全く一緒でビックリしました。全てファーストフルアルバム「POWER OF LIFE」に収録された楽曲です。


 

全体的にライヴ/コンサートは昔と比べて「昼〜夕方に楽しむもの」になっている気がします。


以前は「昼〜夕方」よりは寧ろ「夕方〜夜中」に楽しむものでしたし、実際に海外では今でも変わらず「夜」を中心に展開していると思います。


ライヴに足を運ぶのが若い年齢層だけになってきているのが大きな原因だと思いますが、時間帯だけでなく、曜日も土日のみが増えている状態です。


つまり可成り狭く限定的になっている気がするんです。


私自身はイベントを主催している側、そして普通にオーディエンス側としても、とても危険な気がしてるんです。


昔から考えているのですが、週末は休みで有るからこそ、学校や仕事が有る平日の夜を楽しむ事の方が重要に思うんです。


週末の2日以上に平日の5日間をどう大切に使うかを。


その辺はミュージシャンとしてどうお考えですか?


 

  真行寺貴秋


そうですね。


以前よりも増して「マイノリティなシーン」になったなと思います。


でも、それは音楽だけに限ったことでは無い気がしています。


テレビもそうですし、やっぱり全体的に「健全」ですよね(笑)


僕らもあまり毒々していないので、そこに浸かっていますが()


これに関しては「ミュージシャン単位」で無く、もっと「大きなチカラ」が働いている気がします。


やっぱり戦略的にも平日を外したいという思考はありますが、そんな中で僕らには『なぜその音楽を義務的にも聴かなきゃいけないの

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